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広がりを見せる
新型コロナウイルス感染が日常生活のすべての分野に影響を及ぼしている。私たちが取材する高校野球もその波にのまれている。


 それは一本の電話で始まった。先月27日、選抜大会に23年ぶりに出場する大分商へ取材に行ったときのことだ。渡辺正雄監督に話を聞いていると、監督の携帯電話が鳴った。電話で話す監督の表情が険しくなる。「安倍首相の会見があって、来週から全国の公立の小中高校が休校になるらしいんです」。電話は、休校という措置に対する反応を聞くための地元メディアからだった。

 そこから監督、取材に訪れていた記者、チーム関係者ら全員が一斉に自分のスマートフォンでニュースを検索しだした。「春休みまでというのは、春休みの代替で休みを前倒しするということ?」「いや、春休みが終わるまでやろ」。既に放課後で、先生たちはほとんど学校を離れている。グラウンドだけで得られる情報はあまりに少なかった。

 そのとき、日が落ちたグラウンドで練習する選手を見ながら、誰かがぽつりとつぶやいた。「この子たちに甲子園でプレーさせてあげたいなあ」

 渡辺監督は「とにかくわれわれにできるのは大会に備えることだけです」と言っていた。川瀬堅斗主将は「今は感染しないよう手洗い、うがいなど日常生活から気をつけるだけです」と言うしかなかった。

 日ごろの練習や厳しい試合を乗り越えて夢の舞台を勝ち取った選手を取材してきた記者としては、選手たちに甲子園に立たせてあげたいと思う。選手にとって今年の選抜大会は一生で一度きり。「夏に頑張ればいいじゃないか」と軽々しく言えるほど、高校野球は甘くはない。

 だが、学校が休みになり部活も休止、家でじっとしているしかない中学生の息子を持つ母親としては「選抜大会の開催なんて…」とも思う。急な休校で子どもたちは日常を奪われた。他の競技を見れば高校生の春の全国大会は次々と中止されている。野球だけ特別なんてありえない、と。

 主催者側は4日の大会運営委員会で開催についての方向性を示すという。無観客での開催を模索しているという報道があったが、大会は試合をやるかどうかだけではない。選手の移動や宿舎でのすごし方、日々の練習はどうなるのか。試合前、甲子園の室内練習場で行われるウオーミングアップ、試合後に取材とクールダウンを兼ねて一つの部屋に入れられる選手にリスクはないのか。もし、選手の中に症状は出ていないが感染している人がいたら。ひとつのボールを複数の人が握ることは感染のリスクを高めないか。

 もし開催の方向へかじを切るなら、これまでの慣例を捨て専門家を交えてあらゆるリスクへの対策を講じるべきだ。小手先ではなく「ここまでやるのだから大会を開催してもいいだろう」といえるほどの準備をしなければ周囲を納得させることはできないだろう。

 「選手を甲子園に立たせてあげたいから」というのは簡単だ。だがそれを実現させるのならば。主催者側はかなりの覚悟を持たなくてはいけないと思う。